公正な移行: 低炭素経済への移行に伴う社会的影響を管理する
- 「公正な移⾏(Just Transition)」とは、世界が低炭素で資源効率のよい経済へと移⾏するのに伴い、働き⼿と地域社会が受ける影響を考慮の対象にする新しい概念です。
- そうした移⾏は、⼀⽅では新しい雇⽤創出の機会となりますが、他⽅では、⼀部産業の働き⼿と地域社会を置き去りにする恐れがあります。これは、先進国の旧⼯業地帯の衰退に⾒られたのと同じような動きです。
- 当社では、低炭素経済へのシフトにより「取り残された働き⼿と地域社会」1 について、企業だけが最終的に完全に責任を負うものではないと考えています。取り組みは共同で⾏うべきであり、国と幅広いステークホルダー(利害関係者)を含む必要があります。
- 注意したいのは、現在、働き⼿の将来に影響を与えているのは、気候変動だけではないという点です。別のタイプの移⾏も進⾏しており、例えば⾃動化を背景とする移⾏では、企業は雇⽤主として、それほど⼤きくないにせよ、似たような責任ある役割を担っていると当社は考えています。
- 公正な移⾏は、「国連持続可能な開発⽬標(SDGs)」の⼀部、特にSDG 13「気候変動に具体的な対策を」およびSDG 8「働きがいも経済成⻑も」と重なっています。投資家はこの問題を、気候変動の分析とエンゲージメントへのアプローチの⼀環としてとらえる必要があります。
低炭素エネルギーと資源効率に優れた省資源経済への移⾏は、気候のみならず、世界の何百万⼈もの働き⼿に重⼤な影響をもたらす可能性があります。実際、複数の研究2 は、低炭素社会への移⾏によって世界の労働⼒のほぼ半数が影響を受ける可能性があるとしており、「公正な移⾏」の必要性が⽣じています。 「公正な移⾏」は、低炭素経済への移⾏によるこれらの働き⼿と地域社会への社会的影響を考慮の対象にする新しい概念の名称です。
低炭素経済への転換は、主にアフリカとアジア太平洋地域に存在する健全な⽣態系の公益的機能に直接依存する雇⽤に対し、最終的にプラスの影響を与えると予想されています3 。これらの雇⽤の圧倒的多数(80%)は農業関連で、次いで⾷品‧飲料‧タバコ(6%)、繊維(4%)、漁業(4%)などとなっています。しかし、雇⽤全体への正味の影響がプラスになるからといって、環境悪化に加担している産業で働く14億7000万⼈4 の運命を忘れるわけにはいきません。農業などの産業は、成⻑のために環境に依存しています(下の図表を参照)。これらの⼈々にとって、ディスラプション(創造的破壊)は避けられない未来です。
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つまり、世界の労働⼒のほぼ50%がグリーン‧トランジション(グリーン経済への移⾏)によってリスクにさらされる恐れがあるということです。公正な移⾏への取り組みでは、これらの働き⼿への影響を考慮の対象にします。 公正な移⾏は、「国連持続可能な開発⽬標(SDGs)」の⼀部、特にSDG 13「気候変動に具体的な対策を」およびSDG 8「働きがいも経済成⻑も」と結びついています。
省資源経済への移⾏には明らかにメリットがありますが、私たちが求める移⾏は公平でなければなりません。2015年パリ協定5 は、「⾃国が定める開発の優先事項に基づく労働⼒の公正な移⾏並びに適切な仕事および質の⾼い雇⽤の創出が必要不可⽋であることを考慮し」と表明しています。この⽂章が含まれたのは、主にグローバルな労働組合の懸命な努⼒の結果でした6 。
ある最新の論⽂7 は、公正な移⾏を気候戦略の柱にしようという投資家のために有益な枠組みを提供しています。それによると投資家は5つの分野で⾏動することができます。
- 投資戦略
- 被投資会社とのエンゲージメント
- 資本配分
- 公共政策アドボカシーとパートナーシップ
- 学習とレビュー
当社では、投資家が企業に対し、気候遷移の問題に取り組み、そうした変化が社会に与える潜在的影響を検討するよう強く促すことがますます重要になっていると考えています。ただ、企業は公正な移⾏を円滑に進めるうえで重要な役割を果たせますが、企業だけがマイナスの社会的影響の全責任を負うことは考えていません。
気候変動がけん引する移⾏は、企業と投資家が直⾯する唯⼀の公正な移⾏ではありません。もう⼀つ重要な動きがあります。それはデジタルと⾃動化がけん引する移⾏であり、これについても公正な移⾏の概念の中で考慮すべきだと考えています。
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これらの移⾏間の主な違いは、何がそのきっかけになっているかです。 デジタルと⾃動化による移⾏は、経済とテクノロジーの進展の⾃然な流れの帰結であって、世界が経験した農業⾰命や産業⾰命と同じ⽂脈にあります。企業は、⽣産性の向上と収益拡⼤のためにプロセスを合理化し、⾃動化とデジタル化を受け⼊れることの重要性をすぐに理解しました。PwCによると、⼈⼯知能のおかげで、世界のGDP(国内総⽣産)は2030年までに14%増加する可能性があります9 。 ⼀⽅、グリーン経済への転換は多くの場合、企業の⽀配や選択の及ばない⼒の重なりによって動いています。経済的利益はそれほど明確でもなく⽬に⾒えないため、求められた取り組みは⼤抵の場合、事業の優先課題になりにくいものでした。 膨⼤な数の就業者が影響を受けます。⼀部は失業する可能性があり、特に炭素集約型産業の就業者と反復作業の多い職務の担い⼿はその可能性が⾼いといえます。しかし、⼀⽅で他の種類の仕事とスキルが誕⽣します。どちらのケースでも移⾏を成功させるために不可⽋な、鍵となる新しい能⼒をめぐって争奪戦が⽣じます。
AXA IMでは、公正な移⾏の概念は、他の進⾏中の移⾏を含む形で拡⼤してとらえるべきだと考えています。責任ある企業再構築や働き⼿の雇⽤可能性、⼈員計画、ディーセントワークをめぐる問題は、移⾏の性格とは関係なく常に検討されるべきものです。デジタルへの移⾏は企業⾃⾝の選択によるものであるため、主たる⽬標は社会貢献ではありませんが、企業は移⾏を経験している間、責任をもって⾏動すると考えていいでしょう。それは企業の選択であり、それゆえ従業員が取り残されないようにするのが企業の務めだからです。 公正な移⾏に関しては、最終的な責任の所在が焦点になります。企業は今後、ビジネスモデルの変更や省エネ対策の強化に膨⼤な資⾦を投じる必要があります。移⾏時に従業員と地域社会に⼗分な⽀援を⾏うよう企業に求めることは、事業活動の妨げとなりかねません。このことは何よりもまず政府が国策として主導し、さまざまなステークホルダー(利害関係者)が共同で⾏うべきです。これは何も、企業は説明責任を免れるべきではないという意味ではなく、投資家がグリーンの尺度だけにとどまらず、移⾏の社会的帰結を考慮することがカギであると当社は考えています。これは適切な⾏動であると同時に、事業の継続性維持の問題でもあります。当社では、環境関連とデジタルのスキルが不⾜するとの⾒⽅を踏まえ、良好な社会的管理の重要性を理解している企業は将来、グリーン‧トランジションからより恩恵を受ける⽴場にあるとみています。
公正な移⾏に関するエンゲージメント:企業のための重要な論点
経済の「グリーン化」は⻑期的にみて、会社の従業員であれ地球であれ、私たち全員にプラスになることは間違いありません。雇⽤への全体的な影響はプラスになると予想されています。しかし、移⾏によって⼀部の就業者は業種間、業務間で移動させられ、影響を受けることになります。雇⽤の創出と消失が⽣じ、やむなく職業を変更せざるを得ない事態も発⽣します。
例えば、エネルギーセクターでは、2100年までの気温上昇を2度未満に抑える努⼒をすれば、それをしない通常のシナリオに⽐べ、2030年までに正味で約1800万⼈の雇⽤が創出されます。600万⼈が失業する⼀⽅、2400万⼈の雇⽤が創出される計算です10 。創出される多くの雇⽤は新しいスキルセットが必要であるため、働き⼿に適切な能⼒を⾝に着けさせるためのシステムを構築しなければなりません。⼀⽅で多くの雇⽤が消失するため、政府は移⾏期にあるこれらの就業者に対し、安定した社会保障制度や再就職プログラムといったセーフティネットを提供するよう求められます。
低炭素経済に向けた国の政策は、必然的に国レベルでのグリーンスキル開発のための原動⼒のひとつになります。スキルを⾝に着けた働き⼿がいなければ、グリーン経済への移⾏は進みません。先ごろの「Climate Action for Jobs initiative(仕事のための気候⾏動イニシアチブ)」は、公正な移⾏を守り、ディーセントでグリーンな雇⽤が確実にすべての「⾃国が決定する貢献(NDC)」に盛り込まれることを⽬指しています。NDCの多くはまだスキル開発の必要性に⾔及していないことから11 、これは、グリーン経済への移⾏を成功裏に実現する可能性を最⼤限⾼めるための前向きな⼀歩と考えています。
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公正な移⾏の概念は、雇⽤主からみて⼆つの⼤きな課題を提起すると考えられます。⼀つは、失業の可能性が⾼い就業者にどのように対応すればいいのか?⼆つ⽬は、低炭素経済への移⾏を実現するため、⼗分なグリーン⼈材をどのように確保すればいいのか? 答えと解決策は国と企業レベルでは違ってきます。しかし、両者は持ちつ持たれつの関係にあります。当社では、政府が移⾏の影響を受ける就業者を⽀援すべきだとすれば、企業は有害な社会的再構築(social restructuring)を経るよりは、可能な場合、責任ある⽅法で⾏動し、⼿元の⼈材プールを活⽤する⽅向に誘導されるとも考えています。
企業に回答を求めたい質問が複数あります。
- 気候戦略の信頼性:将来を⾒据えた⽬標と併せ、堅牢な気候戦略があるか?その戦略は移⾏の社会的影響を考慮しているか?それは「気候関連財務情報開⽰タスクフォース(Taskforce on Climate-related Financial Disclosure)」の要件に合致しているか?
- ガバナンス:取締役会には、これらの戦略的課題の影響を評価できる⼗分な専⾨知識があるか?取締役会は、リスクと機会を適切に監視するシステムを構築しているか?
- 協働:同業他社や労働組合、投資家、公益団体などの業界団体レベルで、公正な移⾏をテーマにどのような協議が⾏われているか?
- 結社の⾃由:この問題を考えるため、労働組合にどのような⽀援と権限が与えられているか?
- 社内広報:会社と業界に影響を与えうる構造変化のリスクを従業員に周知する体制について、その企業はどういう⽴場をとっているか?
- 再組織化と⼈員計画:現在の従業員のうち、能⼒が陳腐化する可能性のある⼈員の割合を評価することを検討しているか?ひいては、変化するビジネスモデルを⽀えるのに必要な、新たなスキルをもつ従業員の予想割合や予想数はどうか?
- 雇⽤可能性と責任ある企業再構築:新しい従業員を採⽤するより、既存の従業員の技能向上と再教育についてどのように検討しているか?差別に対して弱い⽴場にある就業者の包摂に配慮しているか?
投資家が公正な移⾏を⽀援するための次のステップ
当社は先ごろ、「Statement of Commitment to Support a Just Transition on Climate Change(気候変動による公正な移⾏を⽀持するコミットメントの表明)」に調印しました。当社は、公正な移⾏というテーマをさらに浸透させるため、主要ワーキンググループへの参加および当社の投資とエンゲージメント活動の経験を共有することを約束しています。また、企業に対し、研修‧⼈員計画を含め、より多くの社会的データ開⽰を通じてディーセントワークに関するSDG 8 を推進することを奨励する「Workforce Disclosure Initiative(労働情報開⽰イニシアチブ)」の強⼒な提唱者でもあります。
当社は投資家として、企業のみならず気候変動シナリオのプロバイダに働きかけを⾏う役割を担っています。市場で⼿に⼊るさまざまな気候変動シナリオには、より多くの社会的影響分析が組み込まれる必要があります。これらのシナリオは、政府と企業が⼀貫性のある気候変動の道筋を⽴てるためのたたき台となるものであり、当社はこれらのシナリオが広く社会的影響を組み⼊れることを期待しています。
当社は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)にすでに資料として使⽤されている「Shared Socioeconomic Pathways(共通社会経済経路)」を⾼く評価しています。これは、IPCCの評価において社会的モデルの構築が考慮されるようになってきたことの表われです。これらの経路は、気候変動対策がない場合、⼈⼝や経済成⻑、教育、都市化などの社会‧経済ファクターがどのように進化するかをより詳しく⽰しています。なお、グリーン‧トランジションによる働き⼿と地域社会への影響は直接含まれていません。
IPCCその他の取り組みは、グリーンであっても全員に公平でないような、移⾏の望まない帰結に疑義を述べるのではなく、予め⼈的ファクターを統合していなければならない、というのが当社の⾒解です。
また、AXA IMは気候変動シナリオのプロバイダに対し、その経路に社会的側⾯を組み込むよう働きかけることを約束しています。
これらの措置を講じることにより、低炭素経済への移⾏から影響を受ける何百万⼈もの働き⼿が公正に扱われ、新たな機会を与えられ、⽣き残るだけではなく成功できることを期待しています。
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ご留意事項
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