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Investment Institute
視点:CIO

変転する市場コンセンサス


リセッション無し、インフレ率低下、横ばいから低下に向かう政策金利。これが2024年の市場での現状のコンセンサスと思われます。米国経済の堅調さを受けて、この見方が広がりつつあります。実際に、25日の米商務省発表によれば、昨年米国の国内総生産(GDP)は実質(インフレ調整後)2.5%成長しましたが、名目(インフレ調整前)では2020年末から約30%拡大しました。キャッシュのリターンはもうしばらく比較的高い水準で推移すると見ていますが、キャッシュでは投資した当初金利のリターン以外の選択肢はないと考えられます。穏やかながらでも金利が低下する場合には、世界経済がリセッションにならないとすれば、債券や株式には追い風となると思われます。また、インカム(債券の利息など一定期間ごとに受取ることのできる収益)が投資する価値があると思われる水準に上昇しているので、債券に資金の配分を増やすことには意味があると見ています。一方、債券への配分と組み合わせて、成長性への投資としてテクノロジー株式に投資することは投資家にとって、リターンを促進する可能性があると考えられます。確かに、リスクもあると思われます。資産価格の下落リスクは、時に楽観的過ぎる価格上昇シナリオよりも、不安が強くなると思われます。しかし、幻想的な楽観シナリオに思いをはせることも悪いことではないでしょう。


頻繁な議論 

ベンジャミン・フランクリンの言葉を借りて言い換えると、死と税金を除いて、そして、利下げの時期に関する終わりのない論争も除いて、この世の中に確かなものなど何もない、と思われます。我々がその議論で生み出されたエネルギーを活かすことができるとすると、気候変動問題を解決できるかもしれないと思えるほどです。市場の見通しでは、米国の利下げ開始は最近まで90%近い確率で今年3月と見られていましたが、足元では50%を下回る程度にまで弱まっています。代わりに、5月の利下げについては、市場では100%近く織り込まれており、今年末までに政策金利は4.0%にまで低下すると見込まれています。このように、金利低下というテーマは、市場にとって今年2024年の中核の投資の論題になっていますが、当社グループの見方では、中心のシナリオとして、利下げは市場が昨年末ごろに考えてたよりも、幅は大きくなく、頻度も少ないと見ています。

米国だけが例外か? 

2024年のもう一つのテーマは、米国だけが例外という状況が続くか否かということです。米国経済は、GDPが10~12月期に前年同期比の年率換算値で実質3.3%の成長となり、これによって2023年通年では実質2.5%の成長となりました。名目成長率でみると、米国経済は、2021年に10%超、2022年に9%超、2023年には6.26%成長しました。結果、米国経済は2020年末から名目で約28%拡大したことになります。米国株式がこれまでの3年間で年率約10%のトータル・リターンになり、またドル高になったことは、この経済成長と整合性があると見られます。米国を訪れて戻ってきた欧州の人たちは、米国景気が盛り上がっているという印象を抱く方が多いようです。従って、連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策によってリセッションに陥るとする見方は、大きく後退したと思われます。経済統計に大きな変化が示されないとして、政策金利が大きく引き下げられるには何が必要なのでしょうか。


実質は何か?  

現状では、FRBにとっては政策を微調整するというシナリオがふさわしいと見ています。米商務省のデータによれば、コア・インフレ率は昨年10~12月期に前年同月比で4.0%をわずかに下回る水準で推移しました。この水準は、FRBが目標とする水準のおよそ倍になっています。しかし、このインフレ率は2022年9月に前年同月比6.6%をつけた後低下してきた一方、フェデラル・ファンド金利(FF金利、米国の政策金利)はこの間に225ベーシスポイント(bp)引き上げられました。政策金利と消費者物価の推移を考慮すると、2022年3月に今回の利上げサイクルを開始した時には、実質短期金利は-6%でしたが、現在では1.6%にまで上昇しています。この実質金利は、金融危機前から現在までの期間で最も高い水準にあり、また、コア・インフレ率が今後数ヵ月引き続き低下を続けるとすれば、実質金利はさらに高くなると考えられます。もしFRBが実質金利が高すぎると判断すれば、その後、FRBは何らかの調整が必要であると考える可能性があります。しかし、この調整は市場にとっては望ましいものではないかもしれませんが、経済が稼働率一杯に活動している場合には、経済にとって2.0%に近い実質短期金利を持つ方が根本的に適切ではないかと見ています。2008から2009年にかけての金融危機以前から以降、実質短期金利は-4%から0%の間で動いていました。一方、1990年代に米国経済が長期にわたる持続的な成長を続けている間、実質短期金利は3から4%の間で推移していました。

名目 

ゼロ金利から正常化した金利を持つ世界に適応することも、主要な投資テーマの一つと見ています。米ドルの金利市場では、5年の見通しでは政策金利が3.75~4.0%の水準に、ユーロの金利市場では2.25~2.5%の水準に低下することを織り込んでいると考えられます。当社グループの理解としては、市場の考え方には近年の動向を重く見る傾向があるのではないかと見ています。つまり、最近まで10年以上金融抑制とマイナスの実質金利の環境にあった為に、実質金利水準についてリスクを過剰に織り込んでしまう可能性があると見ています。実際には、この状況では、中長期の債券利回りが現在の水準から大きく低下する余地があまりない可能性があることを示唆しています。筆者が考える基本的なモデル、米10年国債利回りは中期的な名目GDP成長率に一致するというモデル、に戻って考えると、現状の債券市場は適正価格の水準にあると思われます。米国経済は、2024年に名目で約4%成長すると見られており、特に上半期が高めになると見ています。FRBが慎重に政策を行うならば、国債の利回りは中期的には一定のレンジで推移するものと思われ、米10年国債のトータル・リターンは4から5%になる可能性があると思われます。


クレジットへの投資 

上がっていく金利とともに生きていくことは、投資家にとって重要なテーマの一つです。金利を高くすることができるのは、少なくとも米国では、経済が予想を上回って成長する場合のみであると思われます。このことは、実質均衡金利が上昇していることを意味していると考えられます。この場合、利付資産のリターンは上昇すると考えられるので、2024年では社債が望ましい投資先ではないかと考えています。経済が安定した速度で成長する一方、現在の金利水準に耐えられるという状況の組み合わせは、社債にとってプラスの要因と見ています。米国と欧州では、投資適格社債の利回りの平均がキャッシュ、ないし、米国財務省短期証券の利回りとほぼ同じ水準になっています。ここで、考えるべき点として、社債の利回りがキャッシュ・リターンとほぼ同じ場合に、社債のデュレーション・リスクをとるか否かという点があります。筆者としては、選択肢を考えるべきではないかと思います。政策金利が引き下げられていくとすれば、キャッシュにはキャピタル・ゲインが無い為に、そのリターンは徐々に低下していくと考えられます。しかし、債券に投資していれば、政策金利の低下に合わせて債券利回りが低下すれば、投資家はキャピタル・ゲインを得ることができると考えられます。社債市場は、こうした様々な要因によって、現状の利回りであれば持続的にリターンを得られるものと考えられます。ユーロ建てやポンド建ての社債市場の4年から10年のゾーンでは、利回りがベースの国債利回りと比べて130~150bp高くなっています。また、ハイイールド社債の利回りは投資適格社債市場よりも高く、適格債よりも短いデュレーションでより高いリターンを得られる可能性があります。

価格上昇は続くのか? 

利下げが行われると、社債、特に短期デュレーションの投資適格債やハイイールド社債に対するキャッシュの相対的な投資妙味は薄らいでいくものと考えられます。しかし、投資家としては、近年と比べて高い金利の世界に適応していく必要があり、その場合、インカムの獲得を重視して、一般的には債券の組入れを増やすべきものと思います。同時に、米国経済の成長は力強く、いわば「適温でのソフトランディング」という環境の中で耐久性が高まっているものと考えられます。この状態は社債にとって好ましいのみならず、株式にとっても良好な環境です。S&P 500指数は1月22日の週にこれまでの高値を更新しました。1月にこれまで(執筆時まで)多くの株式市場があまり上昇していない中で、米国の情報技術(IT)セクターのリターンが他市場やセクターと比較して上昇が目立ちました。米国企業の10-12月期(Q4)の業績発表においてこれまでのところ、米国のITセクターは、市場全体の1.9%減益に対して、6%超増益になっています。人工知能(AI)は昨年だけの材料ではなく、今後も長く続く成長の材料であり、この分野に強い米国のITセクターを比較的多く組み入れる戦略は、リターンを向上させる可能性があると思われます。株式にとって、全般的には課題があります。2024年の業績予想は下落方向ですが、業績の名目成長率が低下するということは、力強い増益が難しくなることを意味すると考えられます。このような状況では、債券と株式のバランスが重要だと思います。


テーマとリスク 

冒頭で述べたように、何が起こるかについて非常に多くの議論があり、これまで筆者の意見も述べてきました。未来を占う水晶玉がないので、筆者は債券市場のインカムに焦点を当てたいと考えています。その債券には、ハイイールド社債を含みますが、ハイイールド社債市場は引き続き対応可能なデフォルトサイクル下にあるために比較的高いトータル・リターンを獲得できる可能性があると見ています。また、株式市場では、欧州や英国の配当利回りが比較的高く質の良い業績を上げる企業の株式や、成長性が比較的高い米国のテクノロジー銘柄に投資妙味があると考えています。投資家の多くは今後起こる可能性がある価格の下落リスク、特に地政学的事態や、可能性は小さいかも知れませんが政策の失敗(過度の金融引き締め、過度の金融緩和など)に懸念を持っているものと思われます。地政学的事態は世界の貿易や価格を破壊し、投資家のセンチメントを悪化させてしまう可能性があります。また、米国の大統領選でトランプ氏が再び当選する場合に、米国ではインフレ上昇や金利の方向性、連邦政府の借り入れ見通しなどに課題が発生することも考えられます。投資を決定する場合にこうしたリスクを軽減することは非常に難しいと思われますが、ロシア・ウクライナ戦争や中東紛争の悪化や、ポピュリズム(大衆からの人気を得ることを第一とする政治思想や活動)や保護主義の増進など、予期せぬ影響を直接的に受ける可能性がある経済圏やセクター、企業については慎重に考えるべきかと思います。

もしすべてがうまくいくとすれば、どうすべきか?

投資家は下落リスクを考えることが多いと思いますが、新年に当たり、良いことだけを考えてみましょう。何が上昇へのポジティブ・サプライズでしょうか。まず、インフレ見通しについて考えて見ましょう。米商務省のデータによると、米国の生産者物価指数(PPI、最終需要向け財・サービス)は昨年12月に前年同月比で1.0%の上昇にとどまりました。欧州統計局(ユーロスタット)などの統計では、ユーロ圏諸国では、PPIがマイナスになる国があります。住居費など、インフレ指数の構成要素の価格上昇の鈍化が進めば進むほど、消費者物価の上昇率が中央銀行の目標値に近づく速度が大きくなると考えられます。インフレ率が予想以上に下がることがポジティブ・サプライズだとすれば、上記にこれまで述べてきた以上に利下げには大きな意味があるものと思われます。結果、利下げされれば、マネー・マーケット・ファンドからリスク性資産に資金が移動し、堅調な経済成長を背景に、株式市場がもう一段の上昇相場に入る可能性も考えられます。

もっと楽観的な状況を考えてみましょう。米国の大統領選挙で、民主党がトランプ氏に勝てるようにバイデン現大統領に代わる候補を立てるとすれば、どうなるでしょうか。そうなれば、米国は内向きではなくなり、米国がウクライナや中東に前向きに外交的に介入する方向に動くかもしれません。また、中国政府が国民に良いニュースを届ける必要があることを考えると、中国との関係も改善する可能性があります。米中関係の改善は、世界の安定と繁栄にとってはプラスの材料であり、両国もAIブームへの対応に両国が協力する必要があることは共通認識となっていると思われます。振り返って、欧州を見ると、英国政権の交代は可能性が高いと見ています。その交代によって、欧州連合(EU)に対してより前向きな姿勢を示し、英国企業がEUとビジネスをするうえで障害となっている法律等を変更することを目指すことになれば、経済にとっては望ましいことです。英労働党は、EUへの再加盟を公約としてはいないものの、米国経済見通しにプラスとなる政策を多く行うと期待され、それは英国株式にとってもプラスに作用するものと思われます。さらに別のポジティブ・サプライズは中国の回復であり、これは、政府などの経済刺激策やそれに伴う消費者信頼感の回復を背景によって引き起こされると思われ、可能性は比較的高いと考えています。中国株式はこれまで他市場と比較して良くありません。中国株式市場のパフォーマンス向上は今年2024年のポジティブ・サプライズと考えることができます。

下落の可能性は、上昇の可能性よりもコストがかかる 

このようなポジティブ・サプライズが起きる可能性はあまり高くないと思われます。しかし、ポジティブであれ、ネガティブであれ、非線形的に(突発的に)大きく動く可能性があると考えています。オプション市場の価格を見ると、S&P 500のプット・オプション(1年の間に同指数を3,800で売る権利)の価格は、同指数のコール・オプション(1年の間に同指数を6,000で買う権利)の価格の3倍以上になっています。つまり、市場参加者は上昇の可能性よりも下落リスクを保護する目的に多くの資金を払おうとしていると考えられます。市場ではポジティブなシナリオの実現可能性が低いと考えているために、このシナリオには安い値段が付けられているものと思われます。

 

データの出所:Refinitiv DataStream、Bloomberg。2024年1月26日現在。

過去の実績は必ずしも将来の結果を示すものではありません。

(オリジナル記事は1月26日に掲載されました。こちらをご覧ください。)

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