
現れるジニ係数
- 2025年7月18日 (3 分で読めます)
米国経済は、従来の経済分析の多くを覆すものです。理解されていないと思われるのは、大きな所得格差が経済運営に与える影響です。高所得層は資産保有の恩恵を受け、高金利の影響は他の所得層よりも受けにくくなります。米国がプット政策(金融緩和その他の手段で相場を支える政策)を発動すると、他の地域では起こる可能性があるリセッション(景気後退)を回避しながら、高所得層は急速な市場回復の恩恵を受けることになるとみています。米国の「一つの大きくて美しい法案」は所得格差を拡大させる可能性があり、それは経済的には各世帯の所得と資産の水準に応じて将来が異なる可能性があることを意味します。リセッションになるには、市場、ひいては富裕層に打撃を与える要因が必要とみています。しかし、現在、リスク資産は強気相場になっています。その間、トランプ大統領による新たな関税の脅威や米連邦準備制度理事会(FRB)への攻撃は、ドルをさらに下落させ、期待インフレを強める恐れがあると考えます。
リセッションに強い(?)
政策の不確実性が継続し、中東で軍事紛争が激化し、経済成長率に関する市場での見通しが低迷しているにもかかわらず、最近の世界株式市場の価格上昇モメンタム(勢い)は力強くなっています。米国のリセッションは資産価格の動向に大きな変化をもたらす可能性がありますが、依然として発生する確率が低いとみています。市場での多くの見方では、この状況を不可解に感じているようです。新型コロナのパンデミック以降、実質可処分所得の伸びは全体として低迷しており(過去50年間の年率2.8%と比較して、パンデミック以降では年率1%未満1 )、金融政策の大幅な引き締めにより、借り手の生活には困難さが増しています。30年住宅ローンの平均金利は、FRBの利上げ開始(2022年3月)前の3%から6.75%に上昇しています2 。それに加えて、消費者は輸入品の価格上昇を余儀なくされています。
経済に課題となる要因
私たちは経済を総体として考えがちです。しかし実際には、経済は複雑で、多くの企業、機関、個人で構成され、無限につながるネットワークを形成しています。経済の各要素は、ある時点で異なる動きをする可能性があります。例えば、米国経済の国内総生産(GDP)は過去10年間で24%増加しました3 が、製造業の生産量は横ばいでした4 。世帯が直面する経済上の課題は、所得や資産によって大きく異なります。私たちは、世帯の生活を困難にする要因(生活費の上昇、ギグエコノミー(単発・短期の細分化された仕事を請け負う働き方やその経済)雇用の増加、金利の上昇など)を考え、どのようにして経済が成長を続けられるのか頭を悩ませています。重要なのは、すべての人の所得が同じではないということです。所得格差の影響は大きく、特に所得格差が社会、政治、経済に重大な影響を及ぼす米国においてはなおさら大きく現れます。
市場が経済を動かす
米国勢調査局のデータ4 によると、上位5%の世帯の平均所得は、2003年から2023年(入手可能な最新データ)の間に累計32%増加しました。対照的に、下位20%の世帯の平均所得はわずか12%の増加にとどまり、中間の20%(いわゆる米国の中流階級)は17%の増加となりました。過去10年間、高所得層は相対的に裕福になり、低所得層は実質所得の増加に苦戦してきました。低所得層の消費は経済成長の原動力ではなく、低所得層に何が起こってもリセッションを引き起こすことはないと考えます。関税や減税は、実質所得格差の拡大傾向をさらに加速させる可能性が高いでしょう。
富裕層は給与だけに頼る必要はありません。この層は資産(株式、債券、不動産)を所有し、それらの資産が生み出すインカムと価格上昇の恩恵を受ける可能性が高くなります。また、過去50年間の平均で資産から得るインカムは年間6.2%増加している6 のに対し、賃金と給与の伸びは5.7%でした7 。高所得層はより多くの収入を得ており、より大きなインカム成長を遂げ、金融および不動産ポートフォリオからのインカムとキャピタルゲインの恩恵を受けています。このインカムの流れが阻害されるのは、市場が調整する時です。これには明らかな循環性があります。市場の調整時には、インカムとキャピタルゲインが減少し、支出が打撃を受け、リセッションが発生します。しかし、市場が上昇すると、インカムとキャピタルゲインがプラスに転じ、高所得層の支出が再開し、経済が成長します。
このプラスの動向は現在(執筆時)も作用しています。低所得世帯はテクノロジー株の成長から恩恵を受ける可能性は低い一方、高所得層は401k退職プランや証券口座でテクノロジー株を保有しているため、恩恵を受けています。リセッションが発生するには、株式市場を下落させる何かが必要と考えます。そして、株式市場を下落させるには、金融引き締めや信頼感の悪化といったショックが必要とみています。FRBが再び金融引き締めに踏み切るとは思いませんし、信頼感へのショックは予測が困難です(そして、4月2日以降の期間のように、それほど長くは続かないかもしれません)。パンデミックを思い出してみると、当初のロックダウンショック後の急速な回復は、当時米国は長期にわたる深刻な不況に陥るという市場の共通見通しがあったにもかかわらず、市場の急速な回復を可能にした政策措置(高所得世帯が恩恵を受けた)によるところが大きく作用しました。
平等性の大小
米国は極端な例です。ジニ係数は所得格差を測る指標で、係数が0の場合完全な平等、1の場合絶対的な不平等を示します。世界銀行はジニ係数法に基づき、0~100の尺度で所得格差の推計値を提供しています。2023年の米国の指標は41.8と推計されました。指標が高い(不平等性が大きい)国には、南アフリカ(63.0)、ブラジル(51.6)、トルコ(44.5)などがあります。指標が低い(平等性が大きい)国には、英国(32.4)、フランス(31.2)、ノルウェー(26.9)などがあります。所得格差が拡大するほど、実質所得へのショック(2022年の欧州でのエネルギー価格ショックなど)はより広範かつ全体的な影響を及ぼしやすくなります。2022年以降のドイツの実質GDPの低下はこれによって部分的に説明されますが、他の要因もあります。現在の米国の予算案は、どちらかといえば、所得格差をさらに固定化し、米国経済を金融市場への過剰なレバレッジとテクノロジー分野での超高収益の維持能力に大きく依存させるだけのものとみています。不平等な社会では、景気が順調な時に社会のすべてに恩恵が広がるわけではなく、一方で、より平等な社会では、突然の不景気に社会全体が停滞する可能性があります。欧州の社会民主主義的な環境における政策モデルは、不平等に対処する傾向があり、課題は不平等への対処と成長刺激策のバランスを取ることとみています。米国の政策モデルは、成長を促進するものの、不平等をポピュリスト(大衆迎合主義者)的な公約で覆い隠す傾向があります。
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モメンタムはプラス
米国経済はリセッションには陥っておらず、米国における好循環が堅調な株式リターンと経済成長を支えています。こうした状況の積み重ねにより、米国の株式市場は他のどの国よりもはるかに高いバリュエーションとなっていますが、世界から資金を引き寄せるというプラスの動きにも支えられています。1ヶ月および3ヶ月の変化に基づく株価指数モメンタムの最新データによると、米国の指数は国際比較(22の異なる指数)の中で上位に位置し、米国を上回っているのは韓国とイスラエルのみです。この指標は最近低下に転じており、これは世界の株式市場がしばらくの間、米国市場に対してアンダーパフォームしていることを示唆している可能性があり、センチメント(市場心理)に左右される可能性がある一方で、センチメントは米国のごまかしともいえる政策に対して寛容であるようにみえます。
しかし、バリュエーション(評価尺度)は割高
私(筆者)はバリュエーションについて何度も語ってきましたが、アクサIMグループの市場戦略においては、バリュエーションの影響と、マクロ経済要因、センチメント、そして市場への需給の影響のバランスを常に取るよう努めています。多くの場合、特定の資産クラスのバリュエーションが高いのは、マクロ経済(あるいは利益やレバレッジといったより広範なファンダメンタルズ)も成長しているためです。私は金利、社債、株式の様々なバリュエーション指標を調査し、過去25年間の分布(実質金利、利回り曲線、クレジットスプレッド(信用格差による利回り差)、株価収益率(PER)、配当利回り)と比較して、それらの標準化スコアを計算しました。当然のことながら、現在割安に見える資産はほとんどありません。相対的に最も割安なのは主に英国株、長期国債、実質金利、そして全体的なクレジット利回りです。しかし、英国のマクロ経済状況、すなわちブレグジット、低成長、持続的なインフレ、そして財政悪化を考えると、ポンド建て資産が割安であることは不思議ではありません。英国以外では、欧州の株式(配当利回り)と実質金利は相対的に良好な状態を示しています。
政治的には割高
米国株式市場やクレジットスプレッドは全般的に、非常に割高との数値が出ていても驚くには当たらないとみています。米国例外主義は市場に織り込まれており、現在のPERを正当化するには、PER が長期平均に回帰するのでなければ、1株当たり利益(EPS)の伸びが市場予想をさらに上回ることが必要とみています。減税と規制緩和を求める現在の政治的圧力は、労働よりも資本に対するリターンを促し、所得格差を軽視し、高所得層の力を増強しています。こうした動きの全てがどのようにして止まるのか、見通しが立たないほど難しい状況にあります。リセッションは常に利益率と収益の低下を招いてきたが、米国はリセッションに対する耐性が高まっているとみています。一方、世界の他の国々は、低成長、投資とイノベーションに対する構造的なブレーキ、そして債務に圧迫された政治システムに悩まされています。米国も財政負担が重くなってきていますが、世界各国がアメリカに資金を提供し、その見返りとして、レバレッジを効かせた社会的に不平等な経済システムが成長を続けているため、財政負担という制約は軽減されています。私は、トランプ主義がなぜこの経済システムを妨害しようとするのか、理解できません。
トランプ大統領と市場の懸念(再び)
しかし、7月7日以降にトランプ大統領が示した一連の関税の脅威とパウエルFRB議長への継続的な攻撃は、米国にとって逆効果となる可能性があります。ブレークイーブン・インフレ率(BEI、市場が予想する期待インフレ率)は上昇し始めており、5年5年物インフレ・スワップ金利は引き続き上昇し、ドルは再び下落し、一方、ビットコインは最高値を更新しようとしています。FRBが9日に公表した6月17~18日開催の連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨は、関税の影響が一時的なものであったとしても、インフレに対する広範な懸念を明確に示しています。投資家は、米国の未払い債務を数兆ドルも増やす予算が成立した後、トランプ大統領がFRBに対し、政府債務の資金調達コストを削減するために利下げを迫っていることを懸念すべきと考えます。これは経済学者が「財政支配」と呼ぶものです。リスクは、利回りの上昇、ドル安、インフレ率の上昇、そして最終的にはクレジット市場や株式市場のバリュエーション調整です。クレジット資産へのロングポジションは非常に強い市場コンセンサス(共通の考え)となっており、9日のブルームバーグの記事8 が示唆したように、クレジット・デフォルト・スワップ指数市場を通じて、レバレッジをかけた形でのクレジットに対するロングポジション形成がますます加速しています。しかし、例えば関税やFRBの動向をめぐって、スプレッドが長期的に拡大するリスクが高まっているとみています。強いリスク選好モメンタムの後、戦術的な投資家は再び今よりももっと慎重なアプローチを取るべき時が来ているのかもしれません。
パフォーマンス等のデータの出所:LSEGワークスペース・データストリーム、ICEデータサービス、ブルームバーグ、アクサIMグループ。特に記載がない限り、2025年7月10日現在。
過去の実績は将来の成果を保証するものではありません。また、記載内容は、特定の金融商品への勧誘や推奨を意図したものではありません。
(オリジナル記事は7月11日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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