
欧州の潜在的脅威
- 2025年3月13日 (5 分で読めます)
市場はドナルド・トランプ政権の破壊的な影響を過小評価していたと思います。これにより、市場では、米国の成長見通しや株式、金利への影響について再考が行われています。市場はまた、世界の安全保障環境の大きな変化に対する欧州の反応に注目を強めています。ベルリンの壁が崩壊した後、ドイツの借入コストは急騰しました。今(執筆時)、米国は北大西洋条約機構(NATO)から離れつつあり、ドイツの借入コストは急上昇しています。市場が急速に市場水準を再評価している中で、すべてを理解するのは難しいことと見ています。私(筆者)の感覚では、地政学的変化は、社債市場や株式市場よりも国債市場において早めに価格に織り込まれると感じています。一つ確かなことと見ているのは、政治リスクは消えず、政治リスクは市場の変動を意味するということです。
レアルポリティーク(現実政治、倫理や思想ではなく利害に基づいて行う政治)再び
1990年代初頭、ドイツは世界の安全保障体制の再編の中心にありました。ドイツの統一は、東欧におけるソビエトの影響を置き換えるための足がかりとなり、その後の数十年で、欧州連合(EU)とNATOが鉄のカーテンの向こう側にあった国々へと拡大していきました。しかし、これには財政的なコストがかかり、ドイツは東部を再建し、国の東西両地域の生活水準を均等化するために巨額の支出が必要でした。債券利回りは、この支出が公的財政に与える負担を反映し、1990年3月1日に10年物ドイツ国債の利回りが34ベーシスポイント(bp)上昇しました。その後、国債利回りが1989年12月末の水準(7.5%)に戻るまでに3年かかりました。
新しい現実を織り込む
歴史は必ずしも繰り返すわけではありませんが、しばしば似たような状況が現れます。ドイツは改めて世界の安全保障体制の再編の中心にいます。ただし、今回は、以前のようにソビエトの影響を確実に破壊するためではなく、米国の欧州に対する安全保障が撤回される可能性が生まれてきたことが原因です。ドイツは他の欧州諸国(英国を含む)とともに、防衛支出を増加させざるを得なくなっています。市場は、これがどれほどの規模になるのか、どのような形をとるのか、そしてどれほどの期間で起こるのかをまだ把握していません。しかし市場は、政府が防衛予算を増額することに注力する以外に選択肢がないことを理解しています。防衛予算の増額によって、個々の国を通じてか、あるいはEUの共同負担を通じてか、いずれにしても借入が増額されることにつながると見ています。そして今月5日、ドイツが今後数年間で防衛を強化し、インフラを再建するために5000億ユーロを支出する必要があるとの政府提案を受けて、ドイツ10年国債利回りが30bp上昇しました。ドイツ10年国債利回りは、7日金曜日の時点で2.84%となっています。3月6日木曜日の取引終了時点で、ICE BofAドイツ国債指数は2月末から3.1%の損失となりました。
離れ行く米国
こうした政治的展開は歴史的な重要性を持っていると見ています。もちろん、これらは進行中のウクライナ紛争やトランプ政権の姿勢によって引き起こされていると思います。米国政府は、米国がもはや不公平な負担を背負う意欲がないことを示していますが、この負担とは、最後の拠り所となる消費者として世界の経済安全保障を提供し、NATOの資金を通じて無制限の安全保障と軍事援助を提供することで世界の平和維持者の役割を果たすことです。
変化する仮定
こうした動きは、世界の貿易や政治関係を覆しつつあると見ています。その為、市場や外交の場に不確実性が生み出されています。投資への影響は明らかと見ていますが、最も明白と思われるのは、トランプ大統領が採用した政策決定の方式が不確実性を生み出しているということであり、このことは金融市場における変動性の増加として反映されています。貿易や資本フローが混乱する可能性は高いと見ており、このことは消費や投資の決定、さらには経済政策にも影響を与えると見ています。成長、インフレ、金融政策、長期的な借入コストに関する以前の前提がすべて困難に直面していると思われます。トランプ・トレード(トランプ大統領の政策を見越して行う金融取引)と見られていた、米国の債券市場の利回り上昇と株式市場の株価上昇の動きは、反転し下落に向かいました。
一方、欧州の情勢について市場では現在、財政支出や「欧州を再び偉大にする」成長構想、そして欧州株式市場が引き続き他市場をアウトパフォームする可能性について語られています。欧州中央銀行(ECB)が3月6日に主要預金金利を再び2.50%に引き下げたにもかかわらず、市場では、今年中に金利を2.0%を下回る水準にまで引き下げ続けることができるという見通しが弱まっています。ラガルドECB総裁が金利決定後の記者会見で「いたるところに不確実性がある」と述べたように、成長と中立金利の前提は見直される必要があるかもしれません。それに加えて、欧州の国債発行量が増加する見通しがあるため、国債市場の利回りが上昇しています。
トランプ・トレードの転倒
米国経済にはあまり余剰生産能力がありませんが、経済データの流れには景気軟化の兆しが見えています。関税、政府効率局(DOGE)、および広範な予算構想に関する騒音は、成長やインフレ、金利の動向見通しついて、市場では強い確信を持つことができないことを示していると見ています。経済活動が妨げられると、企業の収益やキャッシュフローを評価することが難しくなると考えられます。これは、米国株式市場や社債市場に対してリスクプレミアム(リスク性資産の期待収益率から無リスク資産の収益率を引いた差)の引上げが必要になることを意味すると見ています。ブルームバーグによれば、米国の株式指数S&P500を等加重した場合PER(株価収益率)は約20倍です。リスクは、PERが収縮し、収益成長予測が低下することと見ています。社債市場については、現在のスプレッド(社債利回りと国債利回りとの差)水準は過去10年間の範囲での最下位10%にあります。最近の良好なマクロ経済環境を考慮すると、米国市場は市場環境を十分に織り込んでいると見ています。しかし、完璧な状態は手の届かないものと思われます。S&P500の今後12ヶ月の1株当たり利益成長率の市場予測は昨年12月にピークを迎え、それ以来低下しています。市場は現在、米連邦準備制度理事会(FRB)が今年中に3回利下げすることを見込んでいます。
欧州の上昇
欧州にとって、状況を変える要因は借入コストの上昇です。債券利回りはこれまでの動きと比べて著しく上昇しました。実際に債務を拡大するための財政的余地を実際に持っているのはドイツだけであり、他の国々は防衛関連支出の扱いについてEUからの譲歩を頼りにすることになると見ています。しかし、各国政府の借入は増加するでしょうし、他の支出分野での節約が必要になるかもしれません。そのため、成長に対する純粋な影響を見極めるのは難しいと思われます。純粋な防衛支出による乗数効果は限定的と主張する人もいます。投資家は、純粋な防衛支出と広範なインフラ支出とのバランスを見る必要があると考えます。今日の戦争は技術、通信、物流、さらには製造ハードウェアに依存していると見ています。しかし一方で、欧州株式市場での投資家の見方として、防衛の負担が重くなっていき、米国の関税に適応し対応しなければならないという可能性は、欧州の成長見通しにとってプラスになるかもしれません。
ドイツ国債の利回りが3.5%?
持続的な借入の増加は実質金利が上昇する必要があることを意味するために、長期的な中立金利は構造的に高くなると見ています。私は、国債金利市場がこの新しい現実を社債市場や株式市場よりも早く織り込むだろうと予想しています。実質金利がどこになるかは難しいですが、1990年代初頭のドイツの実質金利は約5%でした。ドイツの公的債務比率が比較的低く、家計の貯蓄率が他国と比べて高いことを考えると、実質金利はあまり高くなる必要はないと見ています。ドイツのインフレ連動国債市場を見てみると、中央銀行が利上げを始めて以来、実質利回りはゆっくりと上昇していますが、2月末で0.5%と、歴史的には依然として低位にあります。他の地域の実質利回りはもっと高く(フランス、英国、米国のインフレ連動国債では約1.2%)なっています。ドイツの実質利回りがこれらの水準に達すると仮定すると、名目10年国債利回りは約3.5%になることを意味します(現在の利回りは2.9%)。ドイツの利回りは、世界金融危機前以降、3.5%を超えたことはありません。
ECBは緩和を継続
将来の金利と利回りの動向はECBにも依存すると見ています。10年ドイツ国債の利回りとECBの預金金利の差は以前3.0%を超えていたこともありましたので、3月の25bpの利下げに続いてさらに50bp程度の緩和があったとしても、国債利回りは依然として3.5%~5.0%の範囲に入る可能性があると見ています。これは予測ではありませんが、投資家は何が起こる可能性があるのかを考える必要があると思います。このような結果は、財政収支が脆弱な他の欧州諸国にとっては難しいことになると見ています。過去1年にわたって、ドイツ国債に対する欧州の各国国債のスプレッドは縮小傾向にあります。社債市場のクレジットスプレッドも同様です。しかし、ドイツ国債の利回りが上昇すると、他国の国債利回りも押し上げられ、特に防衛支出を増加させる場合には、いくつかの国では財政の持続可能性に関する新たな懸念が引き起こされる可能性があると見ています。これまでのところ、ユーロ圏の社債市場のスプレッドは安定していますが、社債を分析する場合には、この新しい時代における全体的な借入コストの上昇を考慮に入れる必要があると見ています。
欧州債券市場の投資機会が徐々に改善
市場では長期金利の水準訂正が起こる可能性が高くなっていると考えていますが、これは欧州政府債務危機が再来する危険を引き起こすものではないと見ています。時期と相互負担によって市場への影響が軽減されると見ています。3.0%を超える国債利回り、特に3.5%を超える利回りは、市場では高すぎると見なされるかもしれません。債券市場では一般的に価格修正は迅速に起きると見ています。短期的には、債券市場はデュレーションに関連してリターンがマイナスになる可能性がある一方で、債券市場の短期部分は影響が少ないと考えられます。社債市場が比較的安定している場合、短期社債戦略は社債市場全体や市場と同様のデュレーションを負うポートフォリオよりもパフォーマンスは良好になると考えられます。そして、市場の価格修正がおおむね完了した後には、債券市場では再び投資機会が広がると見ています。1990年、ドイツの債券利回りは170bp上昇しました。1991年には100bp、1992年にはさらに70bp下落しました。債券市場の利回り上昇は株式市場や経済成長(または固定為替相場制)には好ましくないものの、最終的には相対的に良好なリターンを提供する可能性があると見ています。
株式市場の成長見通しは不確実に
株式市場の見通しについては、私はもう少し苦労しています。貿易や政治関係が大きく変化することによって米国企業や他の地域が影響を受け、企業業績が悪化する場合、株式市場のバリュエーション(投資尺度)数値が低下することになると見ています。もちろん、S&P500がトランプ氏の勝利後の上昇分を失った現在の相場では、そのように書くのは簡単でしょう。しかし、市場指数の水準は、1年前より13%から15%高い状態にあります。とは言え、政治リスクが消えて、以前の上昇相場が続くと予想するのは、希望的観測ではないかと見ています。トランプ氏が不確実性の原因でなくなることはなく、ウクライナ、EU、中国、ロシアとの関係、そしてカナダ、グリーンランド、パナマ運河に対する同氏の疑問の残る姿勢についてリスクがあると思います。政治リスクは続き、その結果、市場の変動も続くと見ています。
トランプ氏の世界がすべてを覆すのか?
反対意見もあるかと思いますが、私は、トランプ大統領は株式市場を観察しているのではないかと考えています。いわゆるトランプ・トレードでは、政策の組み合わせによってインフレが加速するような環境が生み出されるため、株式市場の株価が上昇し、債券市場の利回りが上昇すると考えていたと見ています。自動車会社への関税発効が猶予されたのは、関税がサプライチェーン(供給網)に混乱をもたらす可能性があり、最終的には生産や雇用にも悪影響を及ぼす可能性があることを認識した結果だと見ています。一方で、駆け込み輸入によって今年1月の貿易収支は赤字が拡大しました。経済データの混乱は一時的なものかもしれませんが、神経質なトレーダーや金融市場の評論家にとっては、雰囲気は急速に変わっていると感じていると見ています。市場は、FRBが今年末までに3回利下げすることを織り込んでおり、今回の利下げサイクルでは金利は最終的に3.3%に低下すると見込んでいます。私は、米国債利回りがやがて4.0%を下回ると予想しているので、米国国債と欧州国債との利回り差はさらに狭まると見ています。これは、ドルが低下する兆候でもあると見ています。
トランプの世界は、私のような人々に書くべきことを無限に提供してくれると見ています。肝心なのは、それらすべてを見通し、市場に関する確固たる見解を持つことと考えます。それは簡単ではないと思います。今のところ、重要な地政学的イベントに関してもっと明確な情報が得られるまでは、投資戦略としては、リスク回避が最良の方法であると思われます。米国の成長見通しが疑問視されつつありますが、これは国債市場にとっては価格を支える要因であり、株式市場にとっては株価を押し下げる可能性があると見ています。一方で、欧州の成長見通しは上方修正される可能性があるため、これはドイツ国債市場にとっては利回り上昇の要因であり、欧州株式市場には株価上昇の要因となる可能性があると見ています。しかし、状況がそのように簡単に進めば良いのですが、今後の展開に注目していく必要があると見ています。
パフォーマンス等のデータの出所:LSEGワークスペース・データストリーム、ブルームバーグ、アクサIMグループ。特に記載がない限り、2025年3月6日現在。
過去の実績は将来の成果を保証するものではありません。また、記載内容は、特定の金融商品への勧誘や推奨を意図したものではありません。
(オリジナル記事は3月7日に掲載されました。こちらをご覧ください。)
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S&P500指数:S&P ダウ・ジョーンズ・インデックス社が算出する米国の500社の値動きの平均を示す時価総額加重平均型株価指数です。
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